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第4章 パンとマルチによる視点の表現

 この章では、映像表現上重要なキーとなる、カメラの視線、視点の移動表現について述べてみましょう。

パン:移動する視線

 人が周囲を見回すようなカメラワークを、「パン」と呼びます。語源は「Panoramic」だそうです。実写ではカメラを左右に振りまわしますが、アニメーションの場合では、原稿をカメラの前でスライドさせることによりこれを表現します。
 カメラを回したままで「1,2の3!」で原稿をリアルタイムに引っ張るというのも一つの手ですが、やはり原稿を長い定規に貼ってスライドさせるのが基本でしょう。さらに精度と簡便性を求めるなら、長いネジ棒に板を組み付けた原稿移動台を作成するのも一つの手です。そうそう、定規は金属製にしないと、熱で曲がってしまいますからご注意。
定規で引く最も原始的な方法。原稿側にも板を当てるなどの補強が必要。タップ穴をあけて銀色タップを固定するのが最良。

 当会では先日までパソコンで制御する電子制御移動台を使用していましたが、補修部品の供給が絶えてしまったのと、また世代交代に伴う基礎からの再教育の必要を感じたこともあり、97年6月の作品においては図のように定規と目盛りによる最も原始的な撮影方法を採っています。次回あたりからはネジ棒の移動台へのステップアップを予定しています。
 正しい指定方法ならば、レイアウトに「○○ミリ/K(コマ)」という背景の移動量指定があるのでこれに従いますが、当会ではそこまでちゃんと指定してくれる人はまれであり、大抵の場合は、撮影台に載せてみてから電卓を弾くというのが実状でしょうか。(笑)
 移動量の計算が済んだら、念のためタイムシートの「カメラ」欄に全コマのポジションを書き込んでしまいます。移動は、基本的に1コマ毎に行っています。実写ならば、さらに1コマの中で映像がブレて流れているべきところですが、さすがにアニメ撮影台ではそこまでは再現できません。

フォロー:並走する視点

 さらに図のように、固定位置でアクションするセルの後ろで背景が流れるというバリエーションもあります。これを「フォロー」と呼称します。走るものに並走する視点を表現しているわけですね。
ソの夢より、フォローの典型例。

密着マルチ:遠近の中で移動する視点

 カメラ側が移動するというシーンでさらに立体感が欲しい場合、背景にブック(Book:前景)を重ねて、異なる速度でこれをずらすという表現があります。これを「密着マルチ」と呼称します。
 高速道路などで街並みを観察したことがありますか?こういうところでは、手前のフェンスはビュンビュンと流れ、遠くの山や雲ほどゆっくりと移動します。これにならい、前景を速く引き、奥の背景をゆっくり引けば、木立の中などでの視点移動表現をさらにリアルにすることができます。
密着マルチによる木立の中の移動。
一番上は画用紙を切り抜いたブック、2層目はセルに直接塗ったもの、3層目はふつうの背景。

ケース・スタディ

 以上のように理屈では説明してみましたが、フォローなどの撮影は結構面倒で、それも複雑な組み合わせになると、撮影台はほとんどパズルのような様相を呈してきます。特に、密着マルチの撮影では、タップの固定方法などが結構重要になってきます。
 こういうものは、実例を挙げるのが一番でしょう。というわけで、過去の作品から特に面白そうな事例を探してみました。

斜め方向のフォロー

 この場合、タップの下を背景がくぐるというのがポイントです。そのため、厚紙や長定規で背景の上にブリッジを作り、そこにタップと動画を固定するという少々アクロバット的な方法で対処します。
 縦方向の場合はセル側面にタップ穴をあけてしまい、あとは横フォロー同様に撮影するので特に問題はありません。
斜め引きの作例。サイドから張り出した定規によってタップが空中支持されています。
あくまで図解なので、定規がフレームに入っているのはご愛敬。

密着マルチ

 この場合、ビルと奥側のホームは背景画とブックですが、手前の人物とホームの敷石は動画になっています。
 遠くのものは、側面を描かなくて済むためにマルチに向きますが、あまり手前のものになると、遠近法上、見えたり見えなかったりする側面を無視できなくなります。スタジオジブリではこれを、3Dグラフィックスで力ずくで解決したようですが・・。というわけで敷石も遠近法の支配下にあるため、4枚の動画の繰り返しにして擬似背景動画として解決しています。

回転する視点

 これは、技術的にはズームを組み合わせた密着マルチです。 しかし、そこにオーバーラップまで加わったため、これ以上はないという程ややこしくなり、数え切れないほどのリテイクが発生する最難関のカットになってしまいました。
 一般に、密着マルチはカメラ位置の平行移動を意味しているのに対して、このカットではカメラとその視線方向が同時に円弧を描いて移動している点に注意する必要があります。でも、引き方はただの密着マルチです。
 実は向こうの雲の方が手前のピアノよりも速く動いているのですが、これは立体的視点というよりは、各々の物体がフレームに入ってくるタイミングを重視したものと考えたほうがいいでしょう。
 最初は雲は背景に貼り付けられて移動する予定だったのですが、あまり何度もやり直したものだから背景表面がスリ切れてしまい、やむなく雲だけセルに載せて引くことになってしまいました。いたるところが切り抜いた紙で作られている作品だけに、突起物の引っ掛かりに非常に気を遣った覚えがあります。
動画は、下段が使えないため厚紙枠ごと上段に固定しています。セルでぶら下げてもいいのですが、雲がセルになってしまい、これ以上セル層が増えるのを嫌った結果です。

雲だけ移動する場合

 「ソの夢」では、雲が描かれている場合は大抵がマルチで流れるようになっています。このカットでは、少々面倒な組み方がされていますが、移動段数の少ない移動台などでも役に立つかもしれないので紹介しておきましょう。
まず、上段にタップと背景を固定します。ここは移動しません。移動台の組み合わせによっては、この背景の裏側にぷちぷちを固定するのも一つの手です。
下段に雲を固定します。この雲は右から左に流れます。中段に貼ってもよかったような気がしますが、多分、タップの移動によるフレームの決め直しが面倒だったのでしょう。
床とピアノのブックをセルに載せて上段から固定します。雲が中段だったら、このブックを下段に固定しているところです。
人物のセルを載せます。

タップは水平とは限らない

 どこの作品に使ったのか記憶にないのですが、誰かのために描いたメモを見ると、通常は動画用紙の上側にあるタップ穴を、側面に開けてしまうなんて記述が残っています。誰だよ、こんな入れ知恵した奴は・・・。(笑)
 電動引き台上で、複数の動画が動きながら移動するという無茶なシチュエーションに対応したもののようですが、まあ参考までに。うまく活用すれば、タップの無茶な空中支持を回避できることもあるので、困ったときは、作画側と一緒に検討してみて下さい。

演出、作画上の注意

 撮影設備の貧弱なアマチュアの場合の話ですが、パンは、横パンだとそんなに難しくなくても、縦になると一気に難しくなります。
 定規ベースの縦パンでは、絶対にセル側面にタップ穴を設定する必要があります。そうしないと、定規とタップでのスライドが使えなくなり、タップを固定した原稿台を定規でスライドさせるというわけのわからない事態を招きます。縦パンのカットは、当然ながら絵コンテ段階で予測してレイアウトから横(側面)タップで作業する必要があります。
 さらに横タップにしても、コピースタンドの場合は原稿が首に衝突してしまうという大問題があります。究極的解決策としては最初の方で紹介したようにコピースタンドの首をくるりと回したカメラ逆固定法で机上から床を写してしまうとか、どうにかしてカメラを90度横に固定してしまうというのが一番ですが、いずれにせよ安易に縦パンを連発するのは避けるべきです。

 ほかに、見栄えのする演出として、動いているセルをパンさせるというものがあります。典型としてはスカートや髪をなびかせているヒロインを足元からパンで描写するカットなどが挙げられますが、これは余程効果に自信がない限りやりたくないパターンです。
 問題は、タップをスライドしながらの動画交換は精度が極度に落ちやすいこと、そしておそろしく面倒であること、また長セルを大量消費してしまうためもったいないことなどです。いずれもアマチュアの貧乏臭い事情によるものですが、そもそも実際の手間以前の問題として、労力算定もできないのにいい気になってバンバン特殊撮影を指定するような人には鉄拳制裁が必要でしょう。
 それでも必要だ!というなら止めませんが、演出側も、こういうカットを指定したら撮影が5カット分、下手をすれば10カット分ほどの手間になるというのを理解しておく必要があります。
 普通、こういう場合はパンの前に動いてスライド中は静止、あるいはスライド後にアクションというようにして簡略化を図るのが定石です。

 一般的問題ですが、2層以上のセルがある状態でのパンやマルチを計画する場合は、どう定規を固定すればいいか、そもそも本当に可能なのか、撮影陣としっかり相談してからコンテを決める必要があります。そして、普通の撮影法で同様の意図が実現できないかも検討してみる必要があります。いかに楽をして大きな効果を得るか、それも演出の腕の見せ所なのです。


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